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2006/11/14.Tue

映画「手紙」と、少々カタイ話

 最近立て続けに邦画を2本観た。「手紙」と「フラガール」。どっちも良かった。特に後者は素直に感情移入できて、何のためらいもなく登場人物と一緒に笑い、泣く事ができる映画だった。 「手紙」は原作を読んでいたので、少々変更された設定に不満はあったものの、丁寧に描かれていて良かった。


 ところで、「手紙」では、弟の学費を稼ぐために働いていた兄が体を壊し、挙句罪を犯してしまうという内容である。結果弟は、犯罪者の家族と言う差別を受け、大学進学を諦めざるをえなくなってしまう。 さて、一方で今の高校の未履修問題。誰に責任があるのだとか、この時期の受験生が犠牲者だとか、生徒間に不公平があるだとか...。どれも真っ当な議論だと思うけど、根本的に「ん??」と思ってしまうことがある。それは、勉強できるだけで幸せなのに、ということ。


 自分でもものすごい奇麗事を書いてるのはわかってるし、昔は私も受験生だったので、この時期の受験生の気持ちはよ~くわかる。同じことが自分の時に起こっていたら、「これで受験に失敗したらどないしてくれんねん!」と怒りに震えたと思う。残念ながら、受験生の頃の私は、勉強ってものがわかっていなかったのだ。


 ほな、今はわかってるのかと言うと、もちろんまだまだ。でも、皮肉にも受験から解放された後に初めて、何かを学び、新しいことを吸収できるということがどんなに楽しくて幸せなことかがわかったのだ。勉強してもしても、色々覚えても、まだまだ新しく学ぶことがある、そんな新鮮な感覚は、残念ながら受験勉強の時には全く気付くことができなかった。


 テレビである芸人さんが、「今回の騒動で、履修していた学生が不公平だと怒っていたり、補習を受けなければならない学生が不満を口にしてるけど、本当は逆じゃないのか? ちゃんと履修していてラッキーだった、学べてラッキーだったと思う、それが本来の姿なんじゃないの?」と言っていたが、まさにその通り。ただ、残念ながら受験がこの世にある限り、そんな本来の姿を追い求める余裕はないのである。


 映画「手紙」の本筋とは、随分かけ離れた内容になってしまった...。ネコが退屈しているようなので、遊んであげなければ。



た  い  く  つ  だ  ~!!!

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